1993年7月13日、両親を原告とし、東バトンルージュ郡裁判所民事部に提訴した。 

被告はピアーズ夫妻と被告が契約していた保険会社。 裁判は原告、被告どちらかが陪審員

預託金を払い込めば陪審裁判になる。 両親側の弁護士が一計を案じ、陪審裁判を請求した

まま、預託金をわざと払い込まなかった。被告側の弁護士が気付いた時にはすでに支払期限を

過ぎており、被告側のアピールも認められずに判事裁判になったといういきさつがある。

 
 1994年9月12日に裁判開始。両親は始めて現地で証言できた。9月15日損害賠償金

65.3万ドルで勝訴。判決は、剛丈の様子に身の危険を感じたというピアーズ氏の主張を

退け、銃の使用に特別の注意が必要だと定めているルイジアナ州法に反した行為だと

判断した。また銃を構えたピアーズ氏のほうに近寄っていった剛丈の行動については

「落ち度はなかった」とした。

 両親は、剛丈をみて夫に「銃を持ってきて。」と叫んボニー夫人の責任を追及していたが

判決は夫人に銃撃の責任はないとした。いきなり銃を発射したピアーズ氏の行動については、

分別のある人間であれば「どうして銃が必要なのか何が見えたのか」 聞くはずだとして、

正当防衛は認められないとした。

 
 映画「世界中に轟いた銃声」に民事裁判のいきさつは詳しい。

民事裁判