射殺事件 1992年10月17日 ルイジアナ州バトンルージュ市
AFS交換留学生服部剛丈(16歳、愛知県名古屋市出身、旭丘高校)は、1992年8月から、ルイジアナ州バトンルージュ市でHaymaker家にホームステイし、マッキンリー高校に通学していました。
1992年10月17日夜8時半(現地時間)ハロウィーン2週間前の土曜の夜、ホストブラザーのウェブ君
と剛丈はウェブ君の車でハロウィンパーティに出かけました。
剛丈は「サタデーナイトナイトフィーバー」のジョン・トラボルタの扮装で白いタキシードに黒ズボン、ウェブ君は自宅のプールに飛び込んで首を怪我していたので首にギブスを付け、頭と手足に包帯を巻き病人の仮装をしていました。二人ともメーキャップはしていませんでした。
二人は番地の似通った別の家であるピアーズ家に着きましたが、そのことに気づきませんでした。
ハロウィンの飾りつけもあり、「この家に違いない」と思い、正面玄関のドアベルを鳴らしましたが応答がありません。横手にあるカーポートのドアの方に行くと、ドアはパタンと閉められてしまいました。「家を間違えたかな」と思った二人は車道の方へ戻り、暫く立っているとカーポートのドアがバタンとまた開きました。
「パーティに来たんです」と剛丈は言いながら、カーポートを通り、ドアの方へと足早に歩いて行きました。ドアを数歩出た辺りで銃を構えているピアーズ氏を見たウエブ君は、「だめだ、戻ってこい」と叫びました。「フリーズ」とピアーズ氏は言いました。しかし、剛丈は「パーティに来たんです」とまた言い、その直後撃たれました。
銃はライオンも一発で仕留める威力のあるマグナム44口径でした。銃弾が胸を貫通していたので出血がひどく、行員に運ばれる救急車の中で息を引き取りました。